ヅカ初心者の雑記

宝塚歌劇団にハマりかけの干物女による雑記

【感想】『桜嵐記』(2021・月組 宝塚大劇場)

5/29 15:00公演、6/8 13:00公演を観劇しました!
どちらも少し舞台から遠めの席で、演者さんの表情が気になったので千秋楽のライビュも見たくなりました。
結論(!?)から先に書くと、宝塚公演は売り止めになってしまいましたが、東京付近にお住まいの方はご贔屓に関係なく東京公演を観に行くのがおすすめな、ものすごい作品でした。あと3000000000000000000回見たい

ネタバレをガンガンにしているので、これから観劇!という方で気にされる方は閲覧非推奨です。

公演概要

南北朝の動乱期。京を失い吉野の山中へ逃れた南朝の行く末には滅亡しかないことを知りながら、父の遺志を継ぎ、弟・正時、正儀と力を合わせ戦いに明け暮れる日々を送る楠木正行(まさつら)。度重なる争乱で縁者を失い、復讐だけを心の支えとしてきた後村上天皇の侍女・弁内侍。生きる希望を持たぬ二人が、桜花咲き乱れる春の吉野で束の間の恋を得、生きる喜びを知る。愛する人の為、初めて自らが生きる為の戦いへと臨む正行を待つものは…。
https://kageki.hankyu.co.jp/revue/2021/ouranki/index.htmlより引用

感想

舞台が終わってからも瞼の裏でずっと吉野の桜が舞うような、とにかく美しい舞台でした。ちょうど2回目の観劇がルサンクの発売日で、すぐに買えたので何度も台本を読み返しています。冷静に考えて(?)ステージ写真集に台本が丸々ついてる宝塚歌劇すごすぎでは……??

歌詞について

『桜嵐記』は歌が少なめの舞台ですが、上田久美子先生の書く歌詞がどれも素晴らしいので、使われている単語について少し触れていきたいと思います(が、古典の知識にとてもとても自信がないので、何か間違っているところがあればご指摘くださるとうれしいです……)。以下では語句検索に日文研の和歌データベース(和歌 語句検索)を使用しています。

まず珠城りょうさん演じる楠木正行が桜と共に華やかに登場し、表題でもある「桜嵐記」を歌います。

魂極る 命知るらむ

「魂極る」はあまり見慣れない語で、「命」にかかる枕詞です。万葉集のころから既に使われていたようで、「玉きはる」という書かれ方が多く、同じく「命」にかかる和歌では「たまきはる 命は知らず 松が枝を 結ぶ心は 長くとぞ思ふ」(万葉集大伴家持)など。

梓弓 帰り来ぬ命のごとく燃ゆ

「梓弓」は「ひく」「はる(張る=春)」「かへる(反る)」などと共に使われる枕詞です。これも万葉集のころからあり、今回と同じように「かへる」と一緒に詠まれている和歌では「梓弓 かへるあしたの思ひには 引きくらぶべきことのなきかな」(金葉和歌集藤原顕輔)など。
「桜嵐記」は、武士は冬に咲く吉野の花のごとく、散り際(限り)を知ってこそ霊魂が極まる。帰ることはないと知りながらも、寒く厳しい戦中で咲き狂うように輝けという歌ですかね。
この後正行の言う「こたびの天王寺の戦」は「住吉合戦事」のことのようなので、1347年11月26日。寒そうですね。さらに、多くの人が触れていますが史実の四条畷の戦いは翌1月のことなので、現実の正行は桜を拝めていないということになります。「桜嵐記」の歌は、雪に散った現実と舞台を繋ぐような役割も持っているのかな、と感じました。

次に高師直と湯浴みの女たちの場面、侍女たちが何かほにゃほにゃと歌っています(うろ覚え)。これをルサンクで見てみると、

まがねふく きびのなかやま
おびにせる なよや
(中略)
おとのさや けさや

だそうです。何のこっちゃですが、「まかねふくきひの中山おひにせるほそたに河のおとのさやけさ」(古今和歌集)から歌っているのだと思います。この歌は古今集成立以前からある古いもので、「神あそひのうた:かへしもののうた/この歌は、承和の御へのきひのくにの歌」との詞書がついています。
中本真人(2014)「『古今和歌集』巻二十「神あそびのうた」と献物」(https://niigata-u.repo.nii.ac.jp/records/28669#.YMIe2fn7Q2w)に詳しく書かれていますが、「かへしもののうた」は各天皇大嘗祭で奏されたものです。
つまり、この場面では北朝の帝にはなんの力もない」という湯浴みの女たちが、天皇に捧げられていた歌を武家たる高師直のもとで歌っているということになります。

続いて楠木側一同が火を囲み歌う「楠木の歌」は、他の曲と違ってとても素朴な歌詞です。ここで挙げられる民の恐れているものは「地震・大雨・大風・日照り」で、戦は入ってません。単純に、戦火を木の下で逃れることはできないから、というのもありますが……。この曲が要所で歌われるので、2回目に観劇したときはこの宴会の場面から既に泣いてしまいました。

その後少し飛ばして、幼いころの記憶を思い返したあと正行の歌う「春の歌」。「花ならば散るか」「花ならば知るか」という問いが音もきれいに重なっていますが、気になったのは「咲いた意味」「命の意味」「散りぬ意味」の違いです。
「咲いた意味」は、「桜嵐記」の「咲き狂え」という語から分かるように、本作において花が燃え立つように咲く姿は武士が命を賭して戦場を駆けるさまと重ねられているため、正行の求める「戦う意味」のことだと思います。
「命の意味」という言葉からは、のちに尊氏から北朝へ寝返るよう誘われた場面での「父と母からいただいたこの命……」という台詞が思い出されます。また、弁内侍の歌に出てくる「限りを知りて 命知る人々」という詞、公演ポスターの「限りを知り 命を知れ」のフレーズから示される通り、「散りぬ意味」(=限り)と密接な関係にあるのだと推測できます。そしてこの答えは合戦の終わり、正儀との別れの場面ではっきりします。

最後、出陣式の場面でのカゲコーラスは冒頭の「桜嵐記」と歌詞が変わっています。「おもかげの花」と歌われるのは、この出陣式が弁内侍の思い出の中の出来事で、彼女が最後に正行を見た時の景色が観客に共有されているということでしょうか。

花の嵐に
夢のごと 咲きて散れ

好きな場面や台詞

こっちは時系列順ではなく思いついたところからポンポン書いてるのでカオスです(?)

まず一番印象的なのが上でも書いた出陣式の場面。これを物語(老年正儀の語り)上に時系列で含ませず、最後に持ってきたのはとても鮮やかだと感じました。私たち観客は楠木正行が出陣したのちどのように戦い、何を思って死んでいったのかを知った状態で後村上天皇の「戻れよ」を聞くことになるので、よけい印象付けられました。しかも天皇を演じる暁千星さんが、その出番の少なさに反して驚くほどに役そのままの感情で舞台に立っていて、もう双眼鏡でガン見していました……。合戦の場面中はずっと控えているので、最後だけすっと舞台に出て演じないといけないのに、そのブツ切りの間を感じさせない演技力が素晴らしかったです。

天皇つながりの場面では、猿楽の女たちが「一献傾けて帰れ」と言われた時の反応も記憶に残っています。
「お優しい帝様……」「こんな山奥に……お可哀想」
別に無くても進行に差しさわりがあるわけではない、「なんてことないモブの台詞」のような軽さを持っていて、それが逆に当世の帝のようすをリアルに形作っていると感じました。猿楽の女たちについて想像を膨らませると、「こんな山奥に」の言葉から、彼女たちは座を組んで場所を変えつつ芸事を披露していて、少なくとも吉野で生まれ育った田舎者というわけではないことがうかがえます。当時芸事に従事する女性たちの地位は、(猿楽が寺社からの庇護を受けていたと言えど)決して高くはないと考えると、その彼女たちが「憐れむほどに」、吉野の都は侘しい場所だったのかなと。
そして、猿楽の女たちに気遣って宴席を設けるほどに優しい帝が、「戦をやめられぬ」まま正行を死地へ向かわせることの残酷さも感じられました。

これは上とは全然関係ないんですが(?)ありちゃん後村上天皇の関西弁のイントネーションがめちゃくちゃ好きです……!現代関西人的には、今の関西訛りって後村上天皇ほど文章の音が上下しないな、とは思うのですが(たとえば「許しておくれ」と現代関西人が言った場合、発音は標準語とさほど変わらないと思います)、今と違うからこそ彼らの生きた時代を感じられて美しく響きます。それに後村上天皇の関西弁を聞くと正儀のコテコテ河内弁の違いが際立って、二人の生きてきた道の違いみたいなものが想起されます。

正行と正儀の会話する場面はどれも好きですが、倒れ伏した正行が加勢を引き連れた正儀と再会するところはもうボロボロのボロ泣きでした……。「何たる幸運」の後に続く「お前が生きて退ける」の言葉で、正儀の雰囲気がさっと変わるのがよく伝わってきます。彼は正行のもとへたどり着くまでの間、戦う心づもりだけで走ってきたのだろうと考えて……。

また、場面とは違いますがこれもスターさんがすごい!と思ったのが風間柚乃さん演じる足利尊氏です。トップスター・次期トップスター・その他たくさんの芝居達者な上級生スターが軒並み南朝側についている中で、風間さんの尊氏は全くオーラ負けしていなくて、その思慮の遠謀さは専科さんのような迫力までありました。何期も上の方が演じる役に「美しく長じたものよのう」を説得力を持って言えるのは強すぎます……。
尊氏のキャラクター性は、高師直と対極の部分と似通った部分があると思います。高師直が公家の女を屈服させることを好むように、尊氏は強く美しいもののふを手元へ置くことを好む。結局根っこの「欲の強さ」は師直にも尊氏にも、そして後醍醐天皇にもあるように見えました。

最後あれやこれや

なぜ『Dream Chaser』の感想がないかというと、月組ド初心者のきやでが見ていると、どのスターさん(特に路線の方)もスタイルが良く背が高いため、2階席からだと8倍双眼鏡でもイマイチ区別がついていなかったためです……(;;)(しかも1回目は双眼鏡を忘れた)
「ありちゃんはお顔の感じが何か違うから分かるな~」と思っていたら、帽子を被って出てきたときにちなつさんと勘違いしました(!?)。精進が足りませんね。
気になったのが、ショーで2回目に「Dream Chaser」を歌う際、みんなが銀橋に一列で並ぶ中舞台に残っている子で、少し下手よりのセンターにいた金髪・センター分けの男役さん!めちゃくちゃ顔が好みだったんですがお名前が分からず……。
今月・来月はたまきち退団特集!ということで、スカステでたくさん月組公演が放送されているので、それを見て勉強しようと思います。

いつにもましてざーーっと書きすぎて日本語が支離滅裂ですみません……